第三幕 「5/22、嵐」

第二幕までのスリリングでアナーキーな夜の月から一変、地球の、そして貴族層の支配する(しかしそれさえも城壁によって堅固ながらにも自らを閉じ込めるかのごとくようやく守られている)牧歌的・秩序的なテリトリーが舞台。
アルベールの囚われの夢から始まる。先日の経験が呼び起こした悪夢であるが、アルベールを死にいざなおうとするのは盗賊ではなくモンテ・クリストその人である。多分にアルベール自身の伯爵に対する畏怖と無意識の恐れ、そして願望が綯交ぜになった現れであろう。
悪夢から覚めたアルベールは友人たちとの遠乗りに出掛けるが、婚約者ユージェニーに伯爵と、伯爵に対してあまりにも無警戒なアルベール自身を揶揄され激昂する。ここらへんのアルベールの無自覚な反応は前二話から徹底していて、それが伯爵に対する無私の信奉を強く印象付けている。視聴者はこの若く愚かな殉教者をハラハラしながら(あるいは忸怩たるものを腹に抱えながら)見守るだけであり、当分この癇癪のような反応に付き合わなければならないであろうと思われる。ユージェニーにすれば今は名ばかりとはいえ婚約者であるアルベールが自分以外(しかも男)に入れ揚げているのが面白いはずはない。やっかみも当然で、そういった女性心理に気付いてあげられないアルベールの若さがさらに強調される演出である。そしてやっかみを感じているもう一人の人間は別の車からこの2人を黙々と眺めており、こちらも自分の婚約者には未だに情を抱けずにいるようで、ひとかたならぬ問題を抱えつつあるように思える。(そしてこの後、婚約者ヴァランティーヌは軍人マクシミリアンに安からぬ感情を抱いてしまうのである)
残りの友人は内務省一等書記官のリュシアン、新聞記者のボーシャン、メカ好きで饒舌なラウルであり、いずれも今は典型的な貴族や金持ち、ゴシップ好きを演じているが、彼らが今後どのような役割を担うのかも要注目であると思われる。
(余談だけど、ラウルの武勇伝は「宇宙の戦士」のワンシーンが喚起されます。"蜘蛛"と戦ってるのだろーか)
陽だまりの酒宴から一変、次に現れる城壁と外の世界は打って変わって禍禍しく、唐突なコラージュのように現れる巨大な歯車は外の世界がプロレタリアートであることを強烈にアピールしている。非常に記号的であり、しかもその記号は超未来と19世紀末を同時に表現しているばかりでなくアート的な表現として一歩踏み込んでいて楽しくなってくる。(コラージュ的な表現は今回、テクスチャーと共に多用されており、特に世界観の"異質"さを出したいときに用いられているようである。絵画の引用も非常に意味のある使い方をされているがこれについては後述したい)
そして画面が暗鬱な空に移ると伯爵の宇宙船が幾条もの光に包まれながら降りてくる。外の街を恣意的に描いた後にやはり外の世界からやって来る伯爵を描くことで、伯爵が空から天下ってきた特別な存在でありながらも、貴族層に対峙する存在であることをイメージづけている。プロモーション映像でも髑髏の月が一瞬(普通に鑑賞していては気付かない位)画面に映し出された後、伯爵の宇宙船が高速で飛び去るカットを入れることで"なにか禍禍しいものがやってくる"印象を演出しており、この作品の演出はこうした前後のカットで別のカットを印象付ける手法を取ることが多い。ドラマツルギーとしてはあたりまえの手法なのかもしれないが、演出家のセンスと経験が問われるこだわりである。

場面は飛んでモンテ・クリスト伯がアルベールの屋敷に登場するシーン。
第一幕の宇宙港での登場、第二幕での盗賊窟への登場、そして第三幕でも伯爵は圧倒的な存在感を示しながら現れる。電燈は消え、暗がりの中突風と共に真っ黒な花びらが舞い全ての生物が動きを停める中、伯爵のみが重厚な靴の音をしたがえ、スローモーションで歩み寄る。歩くというよりは空気そのものを削り取り、軋ませ、歪みを生じさせながら、無慈悲で確実な死を届けにきた死神のごとく、近づくものは今にもすり潰さんかのような重みと冷たさで軋み寄る。神に仇為す獣はここにいると言わんばかりの禍禍しき存在感。裏ではベルッチオが伯爵の歩みに合わせて灯りの電圧を左右してるに違いない。舞い散る花びらは劇演出的な抽象表現かと思ったらホントに花びらが床に散乱してて、これもけっして花瓶の花びらが散ったのではなく、バティスタンが天井から籠に入れたものを必死で撒いていたに違いない。
ペッポがメイドとして再登場。今後のストーリーに深く絡みそうである。果たして伯爵との繋がりがあってその差し金で忍びこんだのか、あるいはまったく逆で今後伯爵に対するアンチメタファーとしてのキャスティングなのかは判別がつかない。
メルセデスとの対峙。原作を読んでいない人でも過去の関係とただならぬ雰囲気を深く感じ取る演出と構図。緊張した空気のままエンディングへ。


「私の孤独はもはや孤独ですらない。復讐の女神たちに囲まれているのだ。
闇の中で私は・・・暁を待つ」